
春画とは?意味と誰が見たか・タブー化した理由をやさしく解説
「春画(しゅんが)」と聞いて、思い浮かぶのは「江戸時代のいかがわしい絵」でしょうか。実は、描いていたのは葛飾北斎(かつしかほくさい)や喜多川歌麿(きたがわうたまろ)といった超一流の絵師たち。
持ち主には武士も女性もいて、嫁入り道具やお守りにまでなっていました。探るのは、春画が本当は何だったのか。扇情的にではなく、美術史・文化史としてやさしく整理します。

本記事に春画の画像は掲載していません
🎧 この記事を、耳で聴く(23分44秒)
読むより耳から入りたい方はこちらからどうぞ。移動中や家事をしながらでも楽しめます。
▶ この記事を、動画で観る(25分08秒)
ソクルとテクルの会話に、当時の情景イラストと図解を重ねてたどります。
春画とは?「笑い絵」「枕絵」と呼ばれた性の浮世絵

春画とは、江戸時代を中心に隆盛した、性愛を題材とする浮世絵や版画の総称です。一枚ものの錦絵(にしきえ)のほか、複数の場面を連ねた画帖、文章と挿絵で構成された「春本(艶本)」、さらに絵師が直接筆で描いた肉筆画や絵巻、手のひらに収まる縦約9センチ・横約13センチの「豆判(まめはん)」まで、形はさまざまでした。
2015年に永青文庫で開かれた春画展でも、こうした多様な形態がまとめて紹介されています。俗に「笑い絵」「枕絵」とも呼ばれ、その名の通り、深刻さよりも大らかさやユーモアを大切にした点が特徴です。
ちなみに「春」という字は、古くから性愛を表す言葉として使われてきました。
中国の言い回しに由来するとされ、「春画」は直訳すれば「性を描いた絵」。春の景色を描いた絵、という意味ではありません。言葉のなりたちからして、江戸の性文化の奥行きがのぞきます。
また、春画が描いたのは男女の営みだけではありません。男性同士や女性同士の場面もあり(→男色とは?日本の同性愛文化史)、登場人物の身分や役割は、着物・髪型・道具によって細かく描き分けられていました。

ただし、その内容は必ずしも対等で合意的なものばかりではなく、暴力的な場面や、同意の有無を読み取りにくい作品があることも研究上、指摘されています。大らかさだけを取り出すのではなく、こうした影の部分も含めて眺めることが、春画を正しく理解する第一歩になります。
では、これほど奥行きのある絵を描いていたのは、どんな人たちだったのでしょう。
誰が描いたのか|歌麿・北斎ら一流絵師の「本気の仕事」
春画をめぐる大きな誤解が、「二流の絵師が内職で描いたもの」というイメージです。実際は逆で、浮世絵を代表する超一流の絵師たちが、こぞって春画を手がけました。
技術の面でも、春画は当時の印刷の最高峰でした。豪華な着物の柄や布の質感、髪の一本一本までを、何度も色を重ねる多色刷りで表現する。手間もお金もかかる贅沢な品であり、決して安物ではありませんでした。
葛飾北斎に帰属される、海女と海の生き物を描いた作品——1814年(文化11年)刊の色摺り三冊本『喜能会之故真通(きのえのこまつ)』に収められた一図のように、後世の芸術にも影響を与えたとされる名品も生まれています(なお同書の作者は、娘の葛飾応為や門人とする説もあります)。

一流の絵師が本気で描いた一枚。それを実際に形にしたのは、絵師ひとりではありませんでした。
春画はどう作られたか|絵師・彫師・摺師の「分業」で生まれた贅沢品

浮世絵版画は、一人の絵師がすべてを描くわけではありません。
絵師(えし・下絵を描く)→彫師(ほりし・版木を彫る)→摺師(すりし・色を重ねて摺る)という職人の分業で作られ、それを「版元(はんもと)」と呼ばれる出版元・プロデューサーがまとめました。
春画はとりわけ色数が多く、金や雲母(きら)を使った豪華なものもあり、制作には手間と費用がかかったのです。
もう一つ面白いのが、署名の事情です。幕府の出版統制を避けるため、春画には絵師の署名(落款=らっかん)を入れない、あるいは名前をもじって記すことが多かったとされます。
おかげで、名品でありながら作者がはっきりしないものも少なくありません。取り締まりを警戒しつつ、需要の高さゆえに作り続けられた——春画は、そんな緊張感の上に成り立つ商品でもありました。

これほど手間をかけて刷られた絵を、江戸の人々はいったい何に使っていたのでしょうか。
何に使われたのか|性教育・嫁入り道具・武士の「勝ち絵」

春画の用途は、私たちの想像よりずっと多彩でした。主なものを並べるだけでも、その広がりがわかります。
性を描いた絵が、命を守るお守りだった——ここに驚く方は多いはずです。誇張表現もリアルさのためではなく、面白さや象徴のための表現でした。夫婦や恋人の営みを描くことで性を前向きに捉える役割も担い、性の絵が「めでたいもの」として暮らしに受け入れられていた——このおおらかさこそ、江戸の性文化を象徴する大きな特徴です。

用途がこれだけ広いなら、手にした人の顔ぶれも一つではないはずです。
誰が見ていたのか|「貸本屋」が女性にも庶民にも広げた

「春画は好色な男性のためのもの」——このイメージも、近年の研究で見直されています。女性にも、幅広い身分の人々にも受け入れられていたことが指摘されているのです。「受け手の広さ」は、国際的な春画研究でも重要なテーマ。暮らしの中に、自然に溶け込んだ存在でした。
「でも、そんな贅沢品は庶民に手が届かなかったのでは?」という疑問には、「貸本屋」という答えがあります。本を持って家々を回り、貸して料金をとる商売で、春本もその人気商品でした。
買えなくても借りて回し読みができたため、春画や春本は、思う以上に多くの人の目に触れていたのです。

これほど暮らしに溶けこんでいた絵が、いつから「見てはいけないもの」になったのか。
なぜタブーになったのか|明治以降の「猥褻(わいせつ)」という視線
江戸幕府も、表向きには何度か春画を禁じました。しかし実際には、こっそり作られ、広く楽しまれ続けます。取り締まりと黙認のあいだで生き延びてきた文化でもあったのです。
大きな転機は明治時代でした。
西洋の価値観と、近代的な「猥褻」という概念が入ってくると、春画は公に強く禁じられ、表舞台から姿を消します。
取り締まりが本格化したのは、近代国家づくりが進む日清・日露戦争のころでした。皮肉なことに、ちょうど同じ時期には、写真・石版画・絵葉書といった新しい性表現のメディアも広がっていきます。
古い性の絵が封じられる裏で、新しい形の性の画像が生まれていたのです。こうして、もともと大らかだった性の絵が「あとから隠された」結果、長いあいだ、堂々と研究したり展示したりしにくい存在になっていきました。春画のタブー視は、江戸ではなく近代以降に強まったもの——ここは押さえておきたいポイントです。

インターネットや同人誌、SNSのように、個人が世界へ発信できる手段が増えて、性の自由度もかなり上がってきました。海外では俳優やセレブが、性についてオープンに語る場面も目立ちます。
封じられた絵は、しかし消えてはいませんでした。その多くは、海の向こうに渡っていたのです。
現代の再評価|大英博物館から始まった「春画展」

近年、春画は世界的に大きく見直されています。2013年10月から翌2014年1月にかけて、イギリスの大英博物館で春画の大規模な展覧会が開かれ、大きな反響を呼びました。
その流れを受けて、日本でも2015年、東京・永青文庫で「春画展」が実現。前後期あわせて約133点が公開されました。海外の美術館が多くの名品を所蔵していることも知られるようになり、今では国際的な日本美術研究の、堂々たるテーマの一つです。
背景には、明治以降のもう一つの流れがあります。この時期、多くの浮世絵が海外へ流出し、西洋の画家たちに衝撃を与えた「ジャポニスム(フランス語: Japonisme)19世紀後半」が起こりました。春画もまた海を渡り、皮肉なことに、日本で隠された名品の多くが、海外の美術館やコレクターのもとで大切に守られてきたのです。近年の展覧会は、そうした名品が里帰りし、私たちが自分たちの文化を見つめ直す機会にもなっています。
研究者が春画から読み取るのは、性の場面だけではありません。当時の着物や髪型、部屋の道具、暮らしの様子までが緻密に描き込まれており、春画は江戸の風俗を今に伝える貴重な史料でもあります。男女の関係のあり方や恋の駆け引きの機微まで、そこから見えてくるのです。花魁・遊郭の世界とあわせて眺めると、江戸の性文化がぐっと立体的になります。

里帰りした名品は、私たちに一つの問いを置いていきます。性を恥ずかしいと感じる気持ちは、いつからのものなのか。
春画が教えてくれること|「性=恥」は江戸にはなかった

春画をたどって見えてくるのは、性を必ずしも「恥」や「隠すもの」として扱わなかった時代があったという事実です。江戸の人々は、性を笑いや教育、暮らしの一部として、驚くほど大らかに受けとめていました。もちろん、そこには遊郭のような光と影もあり、村の若者が夜に通った夜這いや、男女が同じ湯につかった混浴のように、今の常識では測れない慣習もありました。それでも、「性をおおっぴらに描き、楽しむ」文化が確かに根づいていたのです。
私たちが今、性の話題を少し語りにくく感じるとしたら、それは近代以降に強まった見方の影響かもしれません。「性は恥ずかしいもの」という思い込みを、そっと問い直す。歴史を知ることは、そのきっかけになります。夢野アートが大切にしている「性を前向きに、明るく捉える」姿勢は、実は江戸の大らかさと、どこかで地続きなのです。その入り口として、セルフプレジャーとは?やセックス コミュニケーションもどうぞ。

そして「どこに線を引くか」というこの問いは、過去の話ではありません。
現在、そして未来へ|筆からAIへ、「わいせつ」の線引きは続く
大らかだった春画が、明治以降に「猥褻」としてタブー化した——実は、まったく同じ問題が、今も私たちの前にあります。日本では今も、刑法第175条が猥褻物の流通を規制する基本の条文で、2023年9月の最高裁の決定でも、この「わいせつ」の考え方は憲法に反しないという従来の立場が維持されました。
線引きの根っこは、二百年を経てもなお生きているのです。その一方で、Stable Diffusion(ステーブル・ディフュージョン)やMidjourney(ミッドジャーニー)といったAI画像生成は、いわば「令和の春画」を、無限に生み出せる時代を作りました。
さらに、実在の人物が行っていないことを行ったように見せる性的なディープフェイクは、同意のない性的画像によるデジタル上の虐待だとして、国連機関のUN Womenも警鐘を鳴らしています。
描く道具が絵師の筆からAIへと変わっても、問われていることは春画の時代と変わりません。「何を”猥褻”とし、誰が、どこに線を引くのか」。表現の自由と、誰かを守ること——その綱引きは、AIの登場でますます激しくなっています。
二百年前、大らかだった性表現が近代に封じられた歴史を知ることは、この難しい議論を考えるための、確かな補助線になります。過去を振り返ることが、いちばん未来的な行為かもしれないのです。
「わいせつ」に絶対の物差しはなく、その時代の空気や国の都合によって、線は何度も引き直されてきました。春画の歴史が教えてくれるのは、そのことです。

| 国・地域 | 基本的な考え方(線引きの基準) | モザイクの有無 | 法律が最重視していること |
|---|---|---|---|
| 日本 | 性器の露出は「社会の道義」に反する | 必須(刑法175条) | 社会の善良な風俗・モラルの維持 |
| アメリカ | 芸術的・政治的価値が一切ないものだけが違法 | 不要(合法) | 表現の自由の死守、児童保護 |
| 欧州(西欧) | 大人の自己決定権。国家はモラルに介入しない | 不要(合法) | 未成年者の保護、同意なき搾取の防止 |
※全体像をつかむための簡略化した比較です。各国の法制度は州・国ごとに違いがあり、改正や運用の変化もあります。
江戸の性文化は、絵の中だけの話ではありません。花魁道中の行列も、大奥の奥向きも、戦後の赤線から新地に残る言葉までが、一本の線でつながっています。
よかったらワンタップのアンケートに参加してみてくださいね♪ みんなの回答(結果)もその場ですぐ見られます。
春画のよくある質問(FAQ)
春画とは何ですか?
江戸時代を中心に描かれた、性を題材にした浮世絵・版画のことです。「笑い絵」「枕絵」とも呼ばれ、大らかでユーモアに富んだ表現が特徴でした。一流の絵師が数多く手がけています。
なぜ「春画」と呼ぶのですか?
「春」という字が、古くから性愛を表す言葉として使われてきたためです。中国の言い回しに由来するとされ、「性を描いた絵」という意味で、春の景色を描いた絵という意味ではありません。
春画は誰が描いたのですか?
菱川師宣、鈴木春信、喜多川歌麿、葛飾北斎など、浮世絵を代表する超一流の絵師の多くが手がけました。二流の内職ではなく、技術の粋を集めた贅沢な作品でした。
春画は何に使われたのですか?
性教育や嫁入り道具のほか、武士が「勝ち絵」と呼んで火除け・戦の縁起物(お守り)にしたとも言われます。笑いや楽しみの要素も大きく、暮らしの中に溶け込んでいました。
春画はいつからタブーになったのですか?
主に明治時代以降です。西洋由来の近代的な「猥褻」概念が入り、公に禁じられました。近年は大英博物館の展覧会(2013年)などをきっかけに、国際的に再評価が進んでいます。
▶ シリーズの動画版が始まりました(40分20秒)
第1話「花魁と遊郭の世界」。ソクルとテクルの会話に、当時の情景イラストと図解を重ねてたどります。
夢野アートについて:「快感を科学する」をテーマに、性の悩みや心地よさを、科学と実体験の両面からやさしく伝えるメディアです。この記事は元風俗嬢の夢野カナエの視点を交えつつ、歴史・美術については公開されている史料・研究をもとに構成しています。カナエの語りは共感のためのものであり、美術史・歴史学の学術的見解ではありません。
参考文献と研究
大英博物館 春画:日本美術における性とたのしみ(Clark, Gerstle, 石上, 矢野 編・2015・小学館)
国際共同研究による春画の図録・論集。春画を美術・笑い・教育・親密性の文化として再配置した基本文献 — 国立国会図書館サーチ
Who Were the Audiences for Shunga?(Hayakawa Monta・2013・Japan Review 26)
春画の受け手は好色な男性だけでなく、女性や多様な階層に広がっていたことを論じた研究(DOI 10.15055/00000160) — 国際日本文化研究センター
国際春画研究プロジェクト紹介(Gerstle・2010・浮世絵芸術160)
春画研究が国際的な学術対象へ移ったことを示す研究動向報告
江戸人の性(氏家幹人・2013・草思社)
男色・不義密通・遊廓遊びを史料で解説する通史的専門書 — 国立国会図書館サーチ
春画展(大英博物館2013/永青文庫2015)
大英博物館「Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art」(2013年10月〜2014年1月)を受け、日本初の永青文庫「春画展」は2015年9月19日〜12月23日に前後期あわせて約133点を公開 — 文化財活用センター/アイエム
刑法(明治40年法律第45号)第175条
わいせつ物頒布等の罪を定めた現行規定。2023年9月の最高裁決定でも「わいせつ」概念が不明確で違憲とはいえないとの従来の立場が維持されている。春画の「現在地」(表現と法規制)の典拠 — e-Gov法令検索
免責事項: 本記事は歴史・美術・文化の解説を目的とした情報提供であり、性的な画像の掲載や、特定の作品・人物を扇情的に扱う意図はありません。史料や研究により見解が分かれる点があり、細部には諸説あります。本サイトは18歳以上の方を対象にしています。






